大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)224号 判決 1987年5月27日

原告

ナームローゼ・ベンノートシヤープ・オルガノン

被告

特許庁長官

主文

特許庁が、昭和55年審判第2955号事件について、昭和58年5月30日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた判決

1  原告

主文同旨

2  被告

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、1971年2月10日にオランダ国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和47年2月9日、名称を「物質の存在を証明し測定する方法」とする発明(以下、「本願発明」という。)につき特許出願をした(同年特許願第14295号)。同出願は昭和52年11月29日に特許出願公告された(同年特許出願公告第47011号)が、特許異議の申立があり、昭和54年9月19日に拒絶査定がされたので、原告は、昭和55年3月10日、これに対し審判の請求をした。特許庁は、同請求を同年審判第2955号事件として審理した上、昭和58年5月30日、「本件審判の請求は、成りたたない。」(出訴期間として3か月を附加)との審決をし、その謄本は、同年7月25日、原告に送達された。

2  本願発明の特許請求の範囲

測定しようとする成分と、不溶化してあるか又は不溶化される結合のパートナーとを反応させ;反応混合物の固体相を液体相より分け;固体相と、反応成分のひとつに特異的に反応しうる物質を酵素に結合させて得られるところのカツプリング生成物とを反応させ;そして最後に、測定しようとする物質の量の指標となる、得られる反応混合物中の液体相又は固体相中の酵素活性を測定することを包含する、特異結合性蛋白質とこれらの蛋白質により特異的に結合されうる物質とのあいだの反応の成分を、かかる成分相互の既知の結合親和性を用いて、証明しそして測定するための方法

3  審決の理由の要点

1 本願発明の要旨は、前項の特許請求の範囲に記載されたとおりである。

2 これに対し、次の各刊行物には以下のことが記載されている。

(1)  The Journal of Laboratory and Clinical Medicine 70巻5号(1967年11月)820ないし830頁(以下、「第1引用例」という。)

血漿又は血清の標準又は試料を計数瓶にとり、希釈し、各計数瓶に抗体で被覆したデイスクを加え、一定時間インキユベートした後トレーサーHGHを加え、計数瓶を37度cで総計16~24時間インキユベートし、洗浄後計数すること、及び馬の血清について行つた場合には、馬の血清中でデイスクを24時間インキユベートした後洗浄するか、又は洗浄段階なしにトレーサーHGHを加えることにより放射免疫分析を行う。

(2)  Hormone and Metabolic Research 3巻1号(1971年1月)59・60頁(以下、「第2引用例」という。)

抗体被覆紙の1片を0.5mlの血漿と4度で3~72時間インキユベートし、1ml当たりBSA 1mgを含有するpH8.0の0.01Mベロナール緩衝液1.5mlで3回洗浄し、それから紙片は1ml当たりBSA 5mg含有の0.05Mベロナール緩衝液100μl中の1~10000cpuのラベルされた抗体とともに4度で3~72時間インキユベートし、さらに4回洗浄した後濾紙に結合した放射能を測定する。

(3)  ZeitschriftKlinische Chemie and Klinis-che Biochemie 8巻1号(1970年1月)51ないし55頁(以下、「第3引用例」という。)

測定すべき抗原は対応する固体抗体によつてまず固定され、次いで標識抗体が加えられ、この標識抗体は前記抗原のなお遊離している結合決定基に二次的に結合することができ、その固相の放射能を測定することにより当初の抗原の量を測定する。標識抗体を加える前に測定されるべき抗原は完全に吸収されなければならず、また抗原結合後の免疫吸収剤を洗浄するのがより好ましく、過剰抗原があると結合テストが妨害されるが、洗浄によりそれが正常化される。抗体分子は標識されないでむしろMiles及びHalesの提案に従つて、よく証明しうる酵素と結合させることによつて、恐らくは感度のより一層の向上が達成されるであろう。

(4)  The Journal of Cell Biology 33巻2号(1967年5月)307ないし318頁(以下、「第4引用例」という。)

酸ホスフアターゼ又は西洋わさびパーオキシターゼのいずれかの酵素が二官能性試薬と共に抗体に共役結合され、酵素的及び免疫学的に活性なこの共役結合体は、標識体として酵素反応の反応生成物を利用して、光学顕微鏡又は電子顕微鏡による免疫組織化学的位置測定に使用された。

3 そこで、まず本願発明を第1ないし第3引用例の各発明と比較すると第1及び第3引用例の各発明では、抗原を含む試料と不溶化してある抗体とを反応させた後、反応混合物の固体相と液体相とを分離する場合があり、また、第2引用例の発明でもその分離を行つているから、両者は、試料中の測定しようとする抗原と不溶化してある抗体とを反応させ、反応混合物の固体相を液体相より分離し、その固体相と、免疫学的反応(本願発明における「特異的反応」を指す。以下同じ。)の反応成分の1つである抗原と特異的に反応しうる抗体を標識物質に結合させて得られるカツプリング生成物とを反応させ、得られる反応混合物中の液体相又は固体相中の標識物質の量を測定することにより、免疫学的反応を利用して試料中の抗原の量を測定する方法である点で共通しているが、本願発明では標識物質として酵素を用いるのに対し、第1ないし第3引用例の発明では標識物質として放射性同位元素と共に酵素を示しているが、具体的には放射性同位元素が用いられ、酵素は実際に使用されていない点で相違している。

4 この相違点について検討すると、第1及び第2引用例には標識物質として放射性同位元素を用いることが示されているだけであり、第3引用例には標識物質として放射性同位元素と酵素を用いることが記載されているが、具体的に使用されているのは放射性同位元素のみであり、酵素についてはMiles及びHalesの論文を引用して、恐らく感度の一層の向上が達成されるだろうと推測しているに止まるものである。しかも引用された右論文を掲載した“The Lancet”1968年8月31日号492、493頁を参照すると、酵素を抗原などに結合させたカツプリング生成物をイムノアツセイへ応用することは記載されていない。

しかしながら、右の“The Lancet”において参考文献の1つとして挙げられている同じ著者による“Nature”(London)1968年219号186ないし189頁、特に189頁には、免疫学的分析システムについて、感度は沃素標識をそれ自身環化反応に関係することができる化合物と置き換えることにより増加することができ、その化合物として最も明白な可能性のあるものは酵素、共酵素又はビールスであることが記載されている。

これによると、第3引用例の著者が参考文献の引用を誤つたことは明らかであるとしても、第3引用例の記載内容が誤りであつたとはいえず、かえつて右“Nature”の記載によれば、Milesらは免疫分析において酵素を標識として使用するのに最も明白な可能性のある物質としていたことが認められる。

さらに、請求人(原告)が提出したDr. Jeremy J. Clappの宣誓供述書の21項及び24項には、前記“Nature”219号をはじめ、第4引用例その他いくつもの文献が示され、これらの論文表題あるいは記載内容によると、酵素でラベルした抗体などに酵素を結合すること、酵素でラベルした抗体などを免疫学的反応に適用し、抗原又は抗体の測定に使用することが、本願の優先権主張日前に幾度も公表されていたことが認められ、これらの事実によると、前記手段がすでにかなりよく知られていたということができ、これが当時の技術水準であつたといえるから、第3引用例における抗体分子を酵素と結合させることによつて、恐くは感度のより一層の向上が達成されるであろうという記載内容は、根拠のない単なる推測の域にとどまるものではない。

してみれば、第3引用例の前記記載内容は、上記の免疫学的反応を利用する測定法において、標識物質として酵素を使用することができうることを十分教示するものであつて、これと第4引用例に示されている酵素が抗体などに結合すること、その結合体は抗原などと十分免疫学的反応を生じるものであること及びその免疫学的反応後において結合体の酵素は基質との間で十分に酵素反応を生じて、抗原などの検出に有効であつて、その酵素が標識物質として有用であることを併せ、かつ前記の技術水準を考慮すると、上記の免疫学的反応を利用する測定方法において、放射性同位元素の代りに酵素を標識物質として用いることはきわめて容易に想到しうるものである。

5  そして、放射性同位元素を標識物質とするときには、精度は高いが放射性同位元素を取り扱うことによる危険や繁雑さがあることはよく知られ、一方酵素を標識物質とするときには、酵素反応特有の測定精度がえられ、取扱いも酵素反応に伴う独自の操作を要することは当時すでに自明であつたから、本願発明の効果は、酵素を標識物質として使用することが教示されたときにすでに予期しうる程度のものにすぎない。

6  したがつて、本願発明は、第1ないし第4引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法29条2項により特許を受けることができない。

4 審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点1、2(1)(2)(4)は認めるが、その余は否認する。

審決は、本願発明の最も重要な特徴である後記「中間分離」の技術的意義及び効果を看過し、これに相応する第1ないし第3引用例の「洗浄」を「中間分離」と同一であると誤つて認定し、その結果誤つた結論に至つたものであるから、違法として取り消されなくてはならない。

1 本願発明の特徴

本願発明は、生化学の分野において重要な役割を演ずる物質、例えばハプテン及びステロイドのような低分子量の物質及び抗原、抗体及びその他の蛋白質のような高分子量の物質の「極微量」を高精度且つ高感度に定量することのできる方法に係り、現在、酵素免疫測定法あるいはエンザイムイムノアツセイ(以下、「EIA」という。)と称されているものであつて、そのなかでも特にサンドイツチEIA法あるいは単にサンドイツチ法として生化学の分野で広く利用されているものである。

本願発明のEIAにおける最も重要な特徴事項は、第1に、測定しようとする成分と不溶化してあるか又は不溶化される結合のパートナーとを反応させる第1反応工程と、固体相と酵素カツプリング生成物とを反応させる第2反応工程との間で、第1反応工程で得られる「反応混合物の固体相を液体相より分け」ること(以下、「中間分離」という。)であり、第2に、標識物質として「酵素」を利用することである。

本願発明の右「中間分離」が極めて重要な工程であり、これによりEIAの定量測定感度を著しく向上させることができたことは、本願明細書の実施例の記載によつて十分明らかにされている。例えば、例3では、中間分離の具体的手段として遠心分離を用いることにより感度の増加が10倍から20倍に達することが記載されている。

2 第1引用例における「洗浄」の技術的意義

第1引用例に審決認定の記載があることは認める。しかし、第1引用例には、「洗浄」に関して次の各記載がある。

(1)  「図1 馬血清のアツセイ結果。デイスクをHGH標準希釈液(0.5~5ng)、25%馬血清、50%馬血清と共に24時間インキユベートした。デイスクの洗浄後(左図)あるいは洗浄せずに(右図)、I125HGH(105cpm)を添加し、更に17時間インキユベートした。これらの標準曲線は、デイスクに対するトレーサーの結合が血清濃度上昇に伴い阻害されることを示している。しかし、50%血清の場合であつても、このアツセイの有用性は著しく低下しない。また、この実験は、洗浄を行わずにトレーサーを添加した方がより改善された形の標準曲線が得られることを示す。」(甲第3号証訳文25頁14行ないし26頁9行)

(2) 「この固相法は、トレーサーの添加の前に血清及び未結合のHGHを除く洗浄段階をこのdise-quilibration techniqueと結びつけうるという点で、他の全てのラジオイムノアツセイ法と異なつている。これにより、血清とトレーサーHGHとをインキユベートしている間に生起するトレーサーの損傷が避けられるが、このような洗浄段階なしにトレーサーを添加したときに較べ、標準曲線は満足のいく形にはならない(図1)」(同訳文9頁2ないし10行)

(3)  「洗浄せずにトレーサーを添加した場合の曲線の勾配がより急になつていることが示されると共に、50%の血清の存在下であつても明らかに満足的な標準曲線が得られる。」(同訳文10頁17行ないし11頁3行)

(4)  「デイスクの使用とトレーサー添加前の洗浄段階の省略により、当初記載された固相アツセイがかなり簡便化される。」(同訳文20頁13ないし16行)

(5)  「洗浄工程を行わないときにより良い標準曲線が得られ且つより感度の高いアツセイが行われたという観察もまた、インキユベーシヨンによる損傷があるとしてもそれはアツセイに悪い影響を及ぼさないということを示している。」(同訳文21頁16行ないし22頁4行)

第1引用例の右の各記載は、洗浄工程を付加しない場合に高感度かつ満足的標準曲線が得られるが、洗浄工程を付加すると感度が落ちかつ満足的標準曲線が得られないことを明らかにしている。すなわち、第1引用例は、放射性同位元素を標識物質とするラジオイムノアツセイ(以下、「RIA」という。)におけるデイスクの洗浄すなわち中間分離は、少なくとも測定感度の向上を計るという目的からは望ましくないものであることを示しているのである。

3 第2引用例における「洗浄」の技術的意義

第2引用例に審決認定の記載があることは認める。

しかしながら、第2引用例は、ベロナール緩衝液での洗浄の目的、効果について記載するところがなく、ベロナール緩衝液で洗浄した実験例とベロナール緩衝液で洗浄しなかつた実験例とを対比しておらず、したがつて、右ベロナール緩衝液の洗浄によるRIAの感度向上についても、もちろん記載するところがない。すなわち、第2引用例は、本願発明のような測定感度の向上を計る目的下での中間分離を開示していない。

第2引用例は、第1、第3引用例の頒布後に頒布されたものであるところ、第1引用例は先に述べたようにデイスクの洗浄がRIAにおいて感度の低下をもたらしかつ満足な標準曲線が得られないことを明らかにしており、第3引用例もまた次に述べるとおり標準抗体の添加前のイムノソーベントの洗浄がRIAにおいて感度の低下をもたらす旨を明らかにしているから、第1引用例及び第3引用例の記載からは、第2引用例のベロナール緩衝液での洗浄が少なくともRIAにおける感度の向上をもたらすものと解することはできない。

4 第3引用例における「洗浄」の技術的意義

審決は、第3引用例に「抗原結合後の免疫吸収剤を洗浄するのがより好ましく、過剰抗原があると結合テストが妨害されるが、洗浄によりそれが正常化されること」が記載されていると認定しているが、誤りである。

審決が右の認定をしたのは、第3引用例の次の記載によると考えられる。

「競合的方法とジヤンクシヨン方法との間の複合形を避けることに注意しなければならない。そのため、定量されるべき抗原は標準抗体を添加する前に完全に吸着されなければならない。抗原濃度が高いとイムノソーベントの量は不充分であり、遊離の抗原が標識抗体を溶液中に留めることになる。この問題を解決するには当初から実質量のイムノソーベントを添加することが一番であるが、この手法を採ると固相による標識抗体の非特異的な固定が増大することになる。抗原を固定した後、標識抗体を添加する前にイムノソーベントを洗浄するのがよい。しかしながら、この場合には感度が若干低下する。我々の実験条件下では検知限界の数100倍のところでのみ曲線の逆転点が生起するので、我々の標準法では該中間洗浄を用いなかつた。同様の現象(約100ng/調製の抗原含量の上で固定放射能が減衰する)が、ヒトアルブミン及び卵アルブミンの場合にも認められる。」(甲第5号証訳文12頁9行ないし13頁9行)

右の記載から明らかなとおり、第3引用例は、被検試料中に測定すべき抗原濃度が高い場合に充分量のイムノソーベントを加えることと標識抗体添加前にイムノソーベントを洗浄することとを直接対比した上で標識抗体添加前にイムノソーベントを洗浄することが好ましいと述べているにすぎず、標識抗体添加前にイムノソーベントの洗浄をした実験例と標識抗体添加前にイムノソーベントの洗浄をしなかつた実験例とを直接対比した上で標識抗体添加前のイムノソーベントの洗浄をするのがよいと記載しているのではない。事実、第3引用例は標識抗体添加前のイムノソーベントの洗浄をした実験例を欠如している。

かえつて、第3引用例は、右記載中の「しかしながら、この場合には感度が若干低下する。」との記載が示すとおり、標識抗体添加前のイムノソーベントの洗浄すなわち「中間分離」により感度が低下する旨を明確に述べているのである。

4 以上のとおり、RIAに係る第1ないし第3引用例のいずれにも、本願発明の「中間分離」に相当する洗浄がRIAの定量測定感度の向上に寄与する旨の記載はなく、むしろその定量測定感度を低下させる旨記載されているのである。これに対し、本願発明の「中間分離」は、本願発明のEIAの定量測定感度を向上させる上で必須不可欠のものであり、1に記載のとおり顕著な効果を奏するものであるから、本願発明の「中間分離」と第1ないし第3引用例の洗浄とは全くその技術的意義及び効果を異にし、これを審決認定のように同一であるということはできない。審決は、これを同一であるとする誤つた認定をし、その結果結論を誤つたものである。

第3請求の原因に対する認否、反論

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。同4の主張は争う。

2  審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は理由がない。

1 請求の原因41について

本願発明が生化学の分野で「広く」利用されているかは不知。また、中間分離の工程は公知のRIAにおいても極めて重要な工程であつて、本願発明においてはそれによる特有の効果はないものであるという前提で、その他は認める。

2 同42ないし4について

第1、第3引用例に原告引用の記載があることは認める。

原告も認めているとおり、第1ないし第3引用例における「洗浄」が本願発明の「中間分離」に該当する。そして、本願発明は、「中間分離」の技術的内容を何ら特定しておらず、本願明細書の実施例の記載から分るように洗浄の場合も含むものであるから、同じ手段によつて違う効果を生じるとはいえない。RIAにおいても有効な中間分離を行えば効果があるはずである。RIAの第1反応はEIAのそれとまつたく同じであり、第2反応もEIAのそれとは標識物質が違うだけであるから、中間分離の工程がEIAの場合だけ感度を上昇させるということは技術的にありえないことである。第1引用例で感度を低下させるというのは、おそらく別の要因によるものと思われる。

したがつて、審決が本願発明と第1ないし第3引用例の各発明を対比し、「中間分離」を行う点で両者は一致するとしたことに誤りはない。要するに、この要件については違いがあるかどうかだけが重要なのであつて、その技術的意義が何であるかまで論じる必要はない。

なお、審決の理由の要点5の判断は、標識物質として放射性同位元素に代えて酵素を用いる場合の一般的効果に関して、本願発明の効果は予期しうる程度のものにすぎないとしているのであつて、中間分離工程の効果に関する判断を示したものではない。

第4証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

1  請求の原因1ないし3の事実、本願発明の要旨が審決認定のとおりであること、本願発明が標識物質として酵素を用いるEIAに係るのに対し、第1ないし第3引用例の方法は標識物質として放射性同位元素を用いるRIAに係ることは、当事者間に争いがない。

2  右当事者間に争いのない本願発明の特許請求の範囲によれば、本願発明は、「測定しようとする成分と、不溶化してあるか又は不溶化される結合のパートナーとを反応させ」る工程(以下、「第1反応工程」という。)と「反応混合物の固体相を液体相より分け」る工程(以下、「中間分離工程」という。)と「固体相と、反応成分のひとつに特異的に反応しうる物質を酵素に結合させて得られるところのカツプリング生成物とを反応させ」る工程(以下、「第2反応工程」という。)と「測定しようとする物質の量の指標となる、得られる反応混合物中の液体相又は固体相中の酵素活性を測定する」工程を順次行うところの「特異結合性蛋白質とこれらの蛋白質により特異的に結合されうる物質とのあいだの反応の成分を、かかる成分相互の既知の結合親和性を用いて、証明しそして測定するための方法」であることが明らかである。

右の中間分離工程につき、成立に争いのない甲第2号証によれば、本願明細書の発明の詳細な説明の項には次の記載があることが認められる。すなわち、本願発明を一般的に説明する部分には、第1反応工程を行つた後「生ずる固体相を試験液より分ける。たとえば遠心する。そして必要とあれば洗浄する。」(同号証6欄30、31行)あるいは「混合物をかきまぜそして最後に遠心する。濾液及びけいしやによる分離も可能である。」(同6欄36ないし38行)と説明され、実施例としては遠心分離もしくは遠心分離と洗浄を行つたものが示されている。そして、実施例中、例1につき「この試験で遠心段階が決定的意味を有することが分つた。というのは、この段階を省略すると、血清が濁りそしてそれのパーオキシダーゼ様の活性のゆえに、酵素活性の測定結果に誤差を生ずるのである。」(同9欄14ないし18行)、例2につき「遠心段階により、遠心なしの系よりも感度は10倍になる。」(同10欄33、34行)、例3につき「この方法で1リツトルについて5から10 I. U.のHCG及び20 I. U.のLHをそれぞれ定量しうる。遠心の段階を省略すると、至適試料量は0.5ccで感度は1リツトルについて約100 I. U.のHCG又は約200 I. U.のLHである。従つて、この方法での感度の増加は10から20倍である。」(同11欄31ないし37行)、例5につき「遠心段階は、この場合、使用する試験液の最大容量を上げそして反応を妨害する血清因子を除くのに役立つており、感度は10倍増加し、数ng/ccのインシユリン濃度を証明しうる。」(同14欄24ないし27行)、例6につき「この方法で1ng/ccのエストラジオールを証明しうる。これは遠心段階を用いない試験に比して10倍の感度の増加がある。」(同16欄9ないし11行)、例7につき「この方法で1ng/ccのコーチゾールを証明しうる。10倍の感度増加である。」(同17欄11、12行)と記載されている。

本願明細書の右の記載によれば、本願発明の中間分離工程は、本願優先権主張日当時周知の固液分離手段である遠心分離その他の手段を用いて、第1反応工程において生じた反応混合物の固体相を液体相から可及的完全に分離する工程であつて、第2反応工程を行うに先立ち右液体相中に存在する第2反応を妨害する因子を除去することを主たる目的とし、これによつて、中間分離工程を行わない場合に比して測定感度を格段に増加させる作用効果を奏するものと認められる。

3  第1引用例に審決認定の記載と共に原告が請求の原因42で引用する(1)ないし(5)の記載があること、第2引用例に審決認定の記載があること、第3引用例に原告が請求の原因44で引用する記載があることは、いずれも当事者間に争いがない。

右の各記載と成立に争いのない甲第3ないし第5号証によれば、第1ないし第3引用例の方法は、本願発明の第1反応工程に相応する工程と標識物質として放射性同位元素を用いることを除き本願発明の第2反応工程に相応する工程との中間において、本願発明の中間分離工程に相応する(このことは当事者間に争いがない。)洗浄工程を行うことにより第1反応工程によつて生ずる反応混合物の固体相を液体相より分離するものであるところ、右各引用例にはこれにより測定感度が増加することを示唆する記載は全くなく、かえつて、第1及び第3引用例には、洗浄工程の付加は測定感度を低下させる旨が明示されていることが認められる。

4  以上の事実によれば、本願発明の中間分離工程と第1ないし第3引用例の洗浄工程とは、第1反応工程によつて生ずる反応混合物の固体相を液体相より分ける手段としては異ならないとしても、その測定感度に及ぼす影響において、前者はこれを行わない場合に比し測定感度を格段に増加させるのに対し、後者はそれを低下させる点で全く異なり、これを用いる技術的意義において同一といえないことが明らかである。

被告は、「同じ手段によつて違う効果を生じるとはいえない。RIAにおいても有効な中間分離を行えば効果があるはずである。」旨主張する。しかし、前示のとおり、第2反応工程において、本願発明は標識物質として酵素を用いるのに対し、第1ないし第3引用例の方法はいずれも標識物質として放射性同位元素を用いる点で相違するところ、両者はこの相違点に基づきその測定手段を異にするものであることが明らかである。すなわち、前掲甲第2号証により認められるとおり、本願発明においては、吸光度(吸光値)を測定する分光学的手段が用いられたことが実施例に示され、その他比色法又は螢光法等適宜の方法を用いて酵素活性を測定するものであるのに対し、前掲甲第3ないし第5号証により認められるとおり、第1ないし第3引用例においては、標識物質である放射性同位元素の放射能の測定により標識物質の量を測定するのである。このように第2反応工程において用いる標識物質の相違及びこれに基づく測定手段の相違を考慮するならば、本願発明の中間分離工程と第1ないし第3引用例の洗浄工程の測定感度にもたらす前叙作用効果の差異は、この構成の差異に基づくものと推認することができるのであつて、これを覆えすに足りる事実は本件全証拠によつてもこれを認めることができない。したがつて、被告の右主張は採用することができない。

審決は、本願発明と第1ないし第3引用例記載の方法は、標識物質が相違するほかは共通であると認定した上、「本願発明の効果は、酵素を標識物質として使用することが教示されたときにすでに予期しうる程度のものにすぎない。」と判断する。そして、審決が右の判断に際し、本願発明の中間分離工程の奏する前示作用効果を考慮していないことは、前示審決の理由の要点に照らし明らかであり、被告もこれを争つていない。

そうすると、本願発明と第1ないし第3引用例の方法との構成の差異に基づきその技術的意義及び作用効果を異にする本願発明の中間分離工程と第1ないし第3引用例の洗浄工程を同一とした審決の認定は誤りであり、この認定の誤りが審決の結論に影響を及ぼすものであることは明らかである。したがつて、審決は違法として取り消しを免れない。

5  よつて、原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(瀧川叡一 牧野利秋 木下順太郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例